「首なし閑古鳥」

何故、閑古鳥なんだろう。

ふと思ってしまった。

 

閑古鳥と言えば郭公

郭公と言えば託卵。

 

そして思い出す子供の頃に見たTVの画像。

 

よその鳥の巣に生まれた郭公の雛はやたらにでかい。

何故自分の子じゃないと気付かん、と突っ込みたくなるほどに。

そして大きくなるのも早い。あっという間に養い親よりもでかくなる。

 

これに自分を重ねてしまったのか。

 

ならば、自分は不当に誰かの居場所を奪ってるんじゃないか、

ここは本当に自分が居て良い場所なのか、

そんなことを考えてしまうこともあったかもな。

 

「愛されてるのは確かでないから」

 

親は言うかも知れない。

親なんだから愛してるのは当たり前だろうと。

 

でも子供にはそんなこと分からない。

 

かつて新井素子の小説の中の台詞に、

「親は子供に愛してると分からせる義務がある」

というのがあった。うろ覚えだが。

 

親に愛されてないと思い込んだ子供が歪みきってしまわないうちに

ちゃんと愛されてると分からせてやって欲しい。

 

たった一言で良いんだ。

 

あなたが生まれてきてくれてうれしい、と。